ニュースの見出しだけ見て判断したこと
身体がきしむような感覚で目が覚めた。
ゆっくりと目を開けると薄暗い部屋の中にいることだけが解る。
真夏だというのにひんやりと、いや少し寒いくらいだ。
「お目覚めですか、アマゾンプライム地下室へようこそ」
この声は、たしか担当者の石山田。
そうだ僕は打ち合わせに来ていたんだ。
「どうぞ、新製品アマゾンBASICコーヒーです」
「ああ、どうも」
出されたプラスチックカップ、カップホルダーには「Amazon Basic」の刻印があった。正直この炎天下の中千葉の市川にあるアマゾン流通センターまでやってきてホットコーヒーを出すなんて、まあこのオフィスはエアコンが効いていてとても快適ではあるけど。
「あ、おいしい」
思わず口に出てしまった。聞けばこれで1杯あたりは30円程度しかしないらしい。インスタントなのか簡易ドリップなのかはわからないがこの味でこのコストなら飛ぶように売れそうだ。
「本日わざわざご足労願ったのは、KDPによる独占出版についてお話をさせていただこうと思いまして」
僕は小説家だ。といってもナントカ賞を受賞したとか華々しい経歴はまだない。雑誌のコンテストで佳作をもらってから、なんとか自分が食べられる程度に作品を書けているだけだ。しかしこの石山田とかいうアマゾンの担当者はアマゾンのKindleだけの独占出版をしてほしいと僕に目をつけたらしい。
「ですが、今の出版社にもちろん契約も当面の仕事もあります。その上で今のペース以上に書いていくのはちょっと難しいかなと」
条件はいい、いいどころか今より格段にいい話だ。
ただしそれは売れればであって、執筆を複数抱えてヒーヒー言うよりいいかと言われたら、勝てる見込みのない博打みたいに思えた。
「いえ、今後先生はウチ一本でお願いしたい」
「え、今の連載を辞めてって事ですか?」
たしか、こんな話をしていたはずだ。
そこで僕があからさまに難色を示した表情をして(練習した)考えさせてくださいって帰ろうと思ったところで、記憶が途切れている。
ああ、なんて事だ。
僕はさながら僕が書く小説の登場人物のように縛られて、この冷たい地下室に閉じ込められている気がする。きっとあのコーヒーに睡眠薬でも盛られたのだ。
「YESと言ってください先生」
買いかぶりにしか思えないが、彼というかアマゾンはどうしても僕を出版社から切り離してアマゾンだけで流通するアマゾン独占出版をさせたいらしい。冗談じゃない、僕は今の連載を愛しているし、最後まで書ききって読んでくれる人たちに届けたい。
「断る」
「どうしても首をタテに振ってくれないと?」
「無理な条件に、こんな扱いをされたら振れるものも振れない」
「なるほど、ではさらなる条件を追加しましょう」
急に室内が明るくなる。どうやら正面の壁に液晶モニタが設置されていて何かを写しだしたようだ。
「ヒロ…?ヒロ君なの!?」
モニタに映しだされたのはカナだった。大学を出てからずっと僕を支えてくれたカナ。一体何故ここに?
「条件を飲んで頂ければ、彼女はすぐにご自宅までお送りしますよ、プライムお急ぎ便でね。あなたはアマゾンお届け先に彼女のマンションを指定していたでしょう。誕生日プレゼントを直接配送するために」
「クソッ!そういうことか石山田ッ!」
「当然、彼女も当社の顧客です。照らし合わせればこんなことは雑作でもない。さて、どうしますか、我々の条件を飲みますか?断ってもかまいませんよ。彼女はアマゾン市川配送センターでゆっくりと再教育させていただくまでです」
「嫌…市川は嫌ああああ!」
カナの叫びを聞きながら僕は迷っていた。彼女を見捨てる事はできない。きっとアマゾン作業着を着せられ、アマゾン仕分けロボプライムに怯えながらピックアップ作業をさせられてしまう。
バン!「公正取引委員会だ!全員無駄な抵抗はやめろ!」
※このエントリはフィクションです。